元物流法務担当が見た荷主視点のコンプライアンス

現場経験から見える本当に必要な法令対応

私は製造業の物流部及び物流会社で法務を担当し、その後行政書士に転じて、全国100以上の物流現場を視察・指導してきました。

その中で痛感したのは、法律やガイドラインを読み解くこと以上に、現場でどう実行するかが荷主コンプライアンスの成否を決めるという事実です。

多くの現場では、下請法は知っている守らなければならないことは理解しているという認識はあります。

しかし実際には、

問題が起きていないから下請法対応はできていると思っている。やっていますと口では言えても、それを証拠として示せる状態になっていない。実行しているつもりが、手順や記録が曖昧で外部から見れば証明不可能

こうしたやっているつもりの状態が多く見られます。これは真のコンプライアンスとは言えません。

2026年1月施行の物流下請法改正は、単なる条文の変更ではありません。

発注方法、契約の結び方、現場オペレーションの進め方を根本から変えることを求める大きな転換点です。

これまでのやり方を続けながらの部分的な改善では通用せず、組織としての仕組みと習慣を再構築する必要があります。

ここでは、100件以上の現場で得た視点から、荷主が直面するリスクと、机上論に終わらせない実効性ある対応策をお伝えします。

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1.法律を理解しただけでは防げないコンプライアンス違反

現場でよく見かける誤解は、法令の条文さえ守っていれば問題ないという考え方です。

しかし実際の違反は、条文を知らないから起きるのではなく、現場でルールが形骸化していることから発生します。

多くの企業では、契約を結ぶスタッフと現場を動かすスタッフが別組織であり、実務を担っているのはさらに別会社(請負・委託先)の人員です。

この複雑な体制の中で、現場担当者が契約書の内容をそもそも知らないケースは珍しくありません。

さらに、制度設計そのものがドライバー依存になっている現場も多く見られます。

ドライバーにやってもらわないと業務が回らないという前提で業務のスケジュールが組まれており、指示や作業の多くを外部のドライバーに頼らざるを得ない構造です。

その一方で、発注側の現場は自分たちも毎日残業しているのに、ドライバーが協力してくれないという被害者意識を持ってしまう傾向があります。

このような状態では、契約条件と現場オペレーションが一本線でつながるはずもなく、法令遵守は形だけのものになります。

荷主が本当にコンプライアンスを機能させるためには、契約内容を末端の作業者まで浸透させる仕組みづくりと、外部委託先も含めた現場全体の意識転換が不可欠です。

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2.荷主視点で見た5つの重点リスク(現場実態版)

多くの現場を見てきた経験から、荷主が特に見落としやすいリスクは次の5つです。

いずれも法令知識はあるものの、社内体制や意思決定の問題を社外に転嫁してしまうケースです。

①やっているのに証跡がない

契約通りやっていると現場や管理部門が思っていても、書面やデータとして残っておらず、外部から見れば実行を証明できない。監査や行政調査ではやっていないと同義になってしまいます。

②物流効率化ノルマが厳しすぎてドライバーに無理をさせる

 積載率や納品回数などの社内KPI達成を優先し、結果的にドライバーに過剰な待機・過密スケジュールを押し付けている。

③値上げ要請を社内で通せず、交渉から逃げる

 原価上昇の説明資料を作れない、または社内決裁が通らないため、運送会社の値上げ要請を会わない返事をしないで済ませる。

④社内を説得できないため、ドライバーに無償作業を依頼する

 本来は社内で承認を得て費用化すべき作業を、ドライバーに頼めばやってくれると外部に負担させ、実質的に無償化してしまう。

⑤社内KPI管理のための不当な情報収集要請

 社内報告用のデータ取得を理由に、運送会社に手作業で数字を拾わせるなど、本来の契約外作業を無償で要求する。これは下請法上不当な経済上の利益提供要請に該当します。

こうした行為の背景には、社内に向けて声を上げず、社内の合意形成や説得を避ける一方で、比較的立場の弱い外部委託先やドライバーにしわ寄せを押し付ける構造があります。本来は社内の制度やKPIの見直し、関係部署との交渉など、内向きの課題解決が必要です。

しかし、その負担や摩擦を回避し、外部に無償の追加作業をさせることで場当たり的に問題を処理する。この社内構造的要因こそが、外部への不当要求を常態化させる温床になっています。

5つのリスクはすべて、社内で解決すべき課題を外部の弱い立場に転嫁している構造から生じます。

制度設計のゴールは外向き要求ではなく、内向き解決への転換です。

そのためには、経営層・関係部署・現場の三層で共通のルールと評価軸を持ち、合意形成の仕組みを作ることが不可欠です。

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3.実効性ある対応のポイント

現場で機能するコンプライアンス体制を作るには、次の流れで進めることが有効です。

ステップ① 自己点検と取引実態の棚卸し

  • 下請法対応チェックリストの活用
    まずは自己点検から着手します。
    当事務所では50項目の下請法診断チェックリストを用意しており、これを使ってできている部分できていない部分を明確化します。
  • 業務フローの作成
    誰がどの業務を担当しているのか、固有名詞まで明確にした業務フローを作成します。
    委託先についてもどの外注会社に、どの作業を委託しているかを具体的に洗い出します。

ステップ② 契約書・仕様書の整備と料金項目の明確化

  • 契約書・仕様書を完璧にする
    契約書や委託仕様書に不足や曖昧な記載があれば、業務内容・範囲・条件を詳細に追記します。
    作業の境界線や責任範囲を明確にすることが重要です。
  • 運賃・料金項目の設定状況を確認
    運賃だけでなく、附帯作業料金、待機時間料、燃料サーチャージなどの項目が契約に設定されているかを確認し、不足している場合は設定を追加します。

ステップ③ 内部監査体制の構築

  • 物流下請法担当事務局の設置
    全社横断で下請法対応を管理する事務局を置き、契約・仕様書・料金項目・実務状況を継続的にモニタリングします。
  • 年1回の内部監査
    事務局が中心となり、年1回は内部監査を実施。委託先訪問や現場ヒアリングを通じて、契約条件と実務の一致を確認します。

この流れで進めることで、法令遵守のやっているつもりを脱し、証跡のある形で実行・管理ができる体制を構築できます。

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4.荷主としての姿勢が問われる時代に

2026年1月の物流下請法改正は、単に法令条文が変わるだけの出来事ではありません。業種や契約形式を問わず、外部に運送委託をしているすべての荷主に影響を及ぼします。これまで対象外だと思っていた業種や契約形態も、適用範囲に含まれる可能性が高まりました。

違反の多くは、契約条件と現場オペレーションの間にある乖離から発生します。契約では明確に定められていない附帯作業が現場で慣習的に行われていたり、契約内容を知らないまま現場判断で運用していたりする状況は珍しくありません。こうした状態を放置すれば、知らなかったでは済まず、勧告や社名公表、取引先離脱といった深刻な事態につながります。

いま、公正取引委員会や国土交通省のトラック・物流Gメンは書面調査やヒアリングを強化し、現場にまで入り込む動きを見せています。さらに、業界団体や労働組合、運送事業者による下請かけこみ寺への通報も増加し、違反の芽はすでに多くの企業の足元まで迫っています。

だからこそ、対応は違反しないためだけで終わらせてはいけません。法令遵守を通じて取引先との信頼を高めることは、企業競争力を維持・向上させるための重要な戦略です。そのためには、取引実態の棚卸し、契約条件の明確化、現場教育という3つのステップを確実に実行し、契約と現場が一本線でつながる体制を作る必要があります。

コンプライアンスは現場と経営層の双方が同じ方向を向いて初めて機能します。物流下請法への対応も、単発の法令対応ではなく、組織文化に組み込むべき継続的な取り組みです。この改正は、荷主の姿勢そのものを試すタイミングであり、その結果が企業の信頼とブランドを左右します。

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・2025年12月「物流下請法」の本を出版します
・【2026年1月から適用】製造・流通業の荷主企業が知っておくべき運送委託に関する下請法改正のポイント
・荷主のための物流下請法対応マニュアル
・運送業コンプライアンスマニュアル(運送業2024年問題対応)
・物流下請法の誤解と真実