
―なぜ全面戦争しかなかったのか?もし補給線を断てたなら―
1.ロジスティクス=兵站という原点

現在では物流という言葉を広義にとらえ、ロジスティクスと呼ぶことが一般化しています。しかし、その起源をたどると、もともとロジスティクスとは兵站を意味し、軍事物資や食料を前線に補給・輸送する仕組みのことでした。旧日本軍が兵站を軽視して苦しんだことや、いくら優秀な軍隊であっても食料や武器が届かなければ勝つことはできないと語られるように、ロジスティクスは戦いの勝敗を左右する根幹です。逆に、敵の補給線を断つことができれば、戦わずして相手を無力化することすら可能です。
2.映画『鬼滅の刃 無限城編 第一章 猗窩座再来』を観て

先日公開された「鬼滅の刃 無限城編 第一章 猗窩座再来」を鑑賞してきました。週刊少年ジャンプでの連載や単行本を通してストーリーを知っている人も多いでしょうが、それでもあの映像と音楽、そして迫力ある演出によって劇場全体が熱気に包まれていました。多くの観客が「感動した」「最後は涙なしでは見られなかった」と感想を述べているのも納得できると思います。
しかし、物流を専門とする視点でこの映画を見ると、おもしろかったではすまされない、気になる点が残りました。
果たして鬼殺隊は、あれほどの犠牲を払いながら無限城に乗り込み、正面から全面戦争を挑むしかなかったのだろうか。
柱や鬼殺隊士が命かけて壮絶な戦いに挑むから、エンターテーメント性があって多くの観客をひきつけるのでしょうが、ロジスティクスの観点からの戦略論で考えると戦わずして勝つ方法が残されていたのではないか、と思いました。
3.鬼舞辻無惨のロジスティクス構造を分析

鬼の首領・鬼舞辻無惨(きぶつじむざん 以下、無惨)が生きるために必要なのは人間の血肉という補給物資です。供給ルートは大きく三つに整理できます。
- 無惨自らが直接捕食方法(ただし極端に警戒心が強いため表立って出てこない)
- 配下の鬼が人間を捕らえて供給する方法
- 人間社会に潜伏した鬼のネットワークからの間接供給
というルートです。
これらを無限城という移動式の巨大要塞の中に在庫しています。この無限城を見ると私たちの世代は、仮面の忍者赤影にでてくる甲賀 幻妖斎が操る大まんじという飛行要塞を連想してしまいます。
そして各地に潜伏している鬼のための市中の仮住まいでも中間在庫されているのではないかと考えられます。つまり無惨は、無限城を常に移動させつつ、複数のサテライト拠点を組み合わせた柔軟なサプライチェーンを築いているのです。
4.補給線遮断作戦の理論モデル

もし鬼殺隊が正面決戦ではなくロジスティクスの考え方を採用して補給線遮断という戦略をとっていたならば、このような感じで兵糧攻めを進めていくことになろうかと思います。
①情報封鎖・サプライチェーン特定
鬼であるにもかかわらず協力してくれている珠世や愈史郎を通じて鬼の潜伏拠点、在庫拠点を見える化・地図化して、その拠点を一つずつ潰していきます。
②中間拠点の破壊
人間をストックする場所を集中攻撃し解放するとともに、補給ルートを分断する。
③在庫枯渇と運用制限
こうやって、市中の在庫拠点から無限城への輸送ルートを遮断してしまうことによって、無限城に籠城する無惨への供給が極端に少なくなり、無惨自ら外にでて捕食せざる負えなくなってしまいます。この段階で柱級の戦略を投入して夜明けまでの持久戦に持ち込めば損害を最小化できたのではなかったでしょうか。
5.これができなかった要因

とはいえ、このような理想的な補給線遮断戦略が簡単に実行できるわけがありません。まず、無限城が移動式であるため、物理的な封鎖することができないです。また、無惨が常に補給ルートを変化させることができること、無惨の感知能力、警戒心が高く鬼滅隊の作戦を途中で察知し、総攻撃をかけてくることも考えられます。
このように、ロジスティクスでは定石であるはずの補給を断つという戦略も、無惨が超常的な存在であり現実的には、やりたくでもできなかったため、無限城に突入して全面対決を選ばざる負えなかったのではないでしょうか。
歴史にifがなく、この映画にもifはないのですが、もし実現できるのであればこのような条件がそろえば、できたのだと思います。
①無限城のコントロールは、実質あの不気味な上弦の肆(四)の鬼である鳴女が行っています。彼女は戦闘力の強い鬼ではなく頭脳派の鬼で、今回の映画のエンドロールが流れる直前に意味ありげに琵琶を弾きながら第二章への道筋をナビゲートしていました。この鳴女から無限城の制御権を奪うことができれば、もっと有利な戦いができたのではないでしょうか。時代背景は大正時代ですが、無限城の巨大要塞がつくれるテクノロジーがあれば、劇中にでてくるような筆で無限城の図面を書くのではなく、ITを駆使して無限城の全体把握、補給経路・通信網を遮断して鬼同士の情報をとれなくしてしまうことも可能なはずです。
②前作の無限列車編で煉獄杏寿郎に勝利した上弦の参(三)の鬼である猗窩座(あがざ)がこのままでは自分が太陽に焼かれて消えると逃走したことでも明らかなように、太陽の光が鬼の最大の弱点です。鬼滅隊の移動手段としてデコレーショントラックならぬ太陽曝露装置付きトラックを使用することにより鬼の弱体化を図り、最小限の戦力で鬼を壊滅することができると思います。
こうした発想はすべてロジスティクスの延長線上にあります。もし補給線遮断という戦略に持ち込めていれば、全面戦争という最悪の選択肢を回避できた可能性があったと思っています。
6.ビジネスへの応用

この議論は、鬼滅の刃のフィクションにとどまらず、現代経営やビジネス戦略にそのまま当てはめることができます。
資本力や知名度がある大企業は正面決戦で押し切ることが可能です。大量の広告投下、シェア獲得のための値下げ戦略など、資源をフル投入して市場を制圧する戦い方は、無限城に突入した鬼殺隊の全面戦争に近いでしょう。
一方で、資源に限られる中小企業やベンチャーは、真正面から挑めば消耗戦で負けてしまいます。
ここで選択すべきはロジスティクスを応用した補給線遮断戦略です。競合の仕入れ先や流通チャネルを先に押さえたり、顧客基盤を堅牢にすることで、競合が参入しても利益を奪えない状況をつくります。あるいは独自の技術や特許で競合の行動を制限する。まさにロジスティクス型の戦い方であり、戦わずして勝つ戦略そのものです。
鬼殺隊の戦略選択は一見フィクションの世界に見えて、実は我々の日々の経営判断と地続きにあります。勝ち筋をどう設計するか。資源の限られる組織が生き残るには、補給線を制するロジスティクス的な発想が不可欠なのです。
鬼との戦いもビジネスも、勝負のカギとなるのはロジスティクスです。