
製造業や流通業等で物流委託を行っている皆様・荷主企業の法務部門の皆様へ
1.この記事を書いた人
パナソニックの物流部門及びパナソニック物流(出向)で20年以上、物流現場で法務を担当し、100か所以上の現場を見てきました。その中で物流委託に関しての適正指導を行い、多くの問題事例を解決しています。現在は、大阪市北区に行政書士 楠本浩一事務所を構え、運送業を専門とする許認可業務・法務顧問を行っています。また、物流法務ストラテジスト™として、荷主企業等への物流取引適性化の指導を行っています。物流下請法を専門とする第一人者として、今回の下請法改正が荷主に与える影響の甚大さは知らなかったではすまされません。公正取引委員会からの勧告により、荷主企業等の信用失墜、業績悪化に直結する、さらには従業員が逮捕されるといった問題行為を事前に回避する活動を行っています。この活動を通じて日本の物流業界が健全な発達を遂げ、持続可能な物流が実現されることを心底願っている1人です。

2.物流下請法とは
物流下請法は正式な法律名称として存在するわけではありません。正確には下請代金支払遅延等防止法(いわゆる下請法)がその基礎にあります。下請法は製造委託、修理委託、情報成果物作成委託、役務提供委託など幅広い業種の委託を対象としていますが、私はこの法律の内容を下請と物流という業界の実態に即して再定義しました。 つまり、物流下請法とは、物流業界、特に元請運送事業者と荷主企業との間における業務委託や費用負担、契約関係の実務を、下請法の視点から再構築し、体系的に解説・提案する独自の枠組みです。物流業界、特に荷主企業と元請運送事業者との間における業務委託や費用負担、契約関係の実務を、下請法の視点から再構築し、体系的に解説・提案する独自の枠組みです。 このような独自のネーミングを用いることで、従来あいまいだった物流における取引慣行の問題点や荷主の法令遵守責任などを浮き彫りにし、物流法務の専門領域として位置づけやすくしています。

3.法律名称変更による注意点
2026年(令和8年)の法改正に伴い、法律の名称が下請金支払遅延等防止法(下請法)から製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律に名称が変更されます。また条文内で使用される用語についても、下請事業者を中小受託事業者に、親事業者を委託事業者に改められます。これは、下請という用語が発注者と受注者が対等な関係ではないという語感を与え、発注者側が受注者側を下に見る意識をなくすることで企業間の取引で適正な価格交渉をしやすくするのが狙いです。発注者である大企業側での下請という用語を使わず、サプライヤーやビジネスパートナーといった用語を用いています。 法律上の名称は変更されますが、1956年(昭和31年)に下請法が制定されて半世紀近く下請法という用語が浸透していることを踏まえ荷主の皆様にわかりやすく説明するためにあえて物流下請法という用語で統一して説明をしていきます。

4.2026年(令和8年)下請法改正のポイント
4-1.下請法改正の背景・趣旨
近年の急激な労務費、原材料費、エネルギーコストの上昇を受け、中小企業が、物価上昇を上回る賃上げを図るには、構造的な価格転嫁を図っていかなければなりません。中小企業が発注者である大企業に対しての価格転嫁(=値上げ)が迅速に行えるよう下請法を改正し、取引の適正化を促進するとしています。
※令和7年3月 公正取引委員会・中小企業庁資料より
4-2.改正内容

(1)運送委託が下請法対象取引へ追加
荷主から元請運送事業者への委託は、下請法の対象外でしたが、立場の弱い物流事業者が無償での荷役や長時間の荷待ちを行わされている等、荷主と物流事業者間での問題が顕在化していました。今回の改正では、荷主から運送事業者に対しての物品の運送を委託する取引を下請法の対象とし、無償での荷役附帯作業、長時間の荷待ちに対して公正取引委員会が機動的に対応できるようになります。
(2)協議を適正に行わない代金額の決定の禁止
コストが上昇している中で、発注者側が協議をすることなく、価格を据え置いたりコスト上昇に見合わない価格を一方的に決めたりするなど、上昇したコストの価格転嫁が行われていない。下請法改正により下請側から価格協議の求めがあったにもかかわらず、協議に応じなかったり、必要な説明を行わなかったりするなど、一方的に代金を決定して、下請けの利益を不当に害する行為が禁止になります。
(3)従業員基準の追加
下請法は資本金3億円超の親事業者からの資本金3億円以下の企業に発注する場合は、下請法の対象になっていました。資本金が少額であったり、減資することによって下請法の対象外になるケースがありました。また、下請事業者に増資を要求して下請法の対象逃れをするような行為も見受けられたため、下請法の適用基準を資本金だけではなく、従業員基準も追加されます。
資本金に関わらず従業員300人超(物流取引のような役務提供委託は従業人100人超)の企業が従業員300人以下(役務提供委託は100人以下)の基準が適用されます。
つまり、荷主企業の従業員が300人超であれば資本金にかかわらず、従業員100人以下の物流事業者に発注する場合は、すべて下請法の対象になるということです。

(4)面的執行の強化
下請法の11の禁止行為の中の報復措置では公正取引委員会や中小企業庁に親事業者の禁止行為を通報したことを理由に取引を打ち切られたりする規定がありました。とろがトラック・物流Gメンへの通報は対象外であったため、今回の改正では、事業所管省庁の主務大臣への通報も追加されました。これにより国土交通大臣やトラック・物流Gメンへの通報による報復措置も下請法対象となり、公正取引委員会その他機関によって迅速な調査・立入検査を行うことができるようになっています。
(5)手形支払の禁止
現在の商取引において手形決済は3%とほとんどおこなわれていませんが、資金繰りのため手形の早期買取の負担を下請事業者が行っていることから法改正で手形取引が禁止されます。手形だけではなく、電子記録債権やファクタリングについても支払期日までに手数料を含めて満額の代金を得ることが出来ないものについては禁止されます。
(6)下請等の用語の見直し
親事業者⇒委託事業者、下請事業者⇒中小受託事業者、下請代金支払遅延等防止法(下請法)⇒製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律に改正されます。これにより法律の用語としては下請という言葉が使われなくなります。 ※法律用語は改正されますが、荷主の皆様にわかりやすく説明するためにあえて物流下請法という用語で統一して説明をしていきます。

5.運送委託の対象取引が下請法に加わることへのインパクト
従来、荷主の物流事業者への優越的地位の濫用を規制する法令として物流特殊指定(特定荷主が物品の運送又は保管を委託する場合の特定の不公正な取引方法)がありました。これは、2004年(平成16年)に役務取引が下請法に追加された際に構成取引委員会が交付した公示であり法律ではありません。下請法の4つの義務を除いた11の禁止事項のうち8項目が対象でした。価格転嫁の協議を行わない買いたたきにあたる行為や減額、契約にない附帯業務を無償で行わせることは物流特殊指定違反となっていました。物流特殊指定は法律でないため罰則規定がありません。公正取引委員会は、何か違反行為が認められば動きますよ、といったポーズはとっていましたが、実際に物流特殊指定で勧告や指導を受けた荷主企業は、制度が始まって20年以上が経ちますが1社もありませんでした。一方、下請法はどうでしょうか。勧告件数は令和元年9件、令和2年5件、令和3年5件、令和4年7件、令和5年13件(勧告相当案件で自発的申出件数を含む)と毎年一定数の勧告が発せられています。また、指導件数に至っては、令和元年から5年までで年間約8000件の指導が行われています。その他調査や立入検査も頻繁に行われており、年1回行われる下請法書面調査は、下請法第9条の規定に基づく調査であるため提出しなかった場合は、罰則規定が定められており、他の物流関係の法律のような努力義務ではないです。
さらに下請法第10条で罰則規定が設けられており、違反した場合は、荷主企業等の企業に対しての罰則だけではなく、使用人その他従業者に対しても刑事罰が科されるようになっています。
昨今、物流2024年問題を機に、荷主に対する義務が強化されていますが、貨物運送事業法の荷主配慮義務、物流効率化法での特定荷主・物流統括管理者(CLO)の選任義務等がありますがいずれも努力義務であり罰則規定まではありません。下請法は担当する従業者まで刑事罰が科されるようになっていますので、運送委託の下請法適用は荷主にとってインパクトの大ききものになります。

6.トラック・物流Gメンと物流下請法との関係
2023年(令和5年)7月に発足したトラックGメンは物流2024年問題の解決や適正運賃の収受、労働環境を実現するために国土交通省が創設した専門部隊です。その後、2024年(令和6年)11月から倉庫事業者への調査や是正勧告も行える体制をつくり職員を162名から360名へと倍増し、トラック・物流Gメンへの改称しています。運送事業者への巡回指導の際には、必ずトラック・物流Gメンから「荷主等の違反情報に係る調査票」が配布され、荷主・元請運送事業者の違反原因行為、荷主情報(会社名・支店・営業所名・連絡先)を記載する欄があります。ここでの情報を元にトラック・物流Gメンが違反原因行為の可能性がある荷主への立入検査を行います。
今回の下請法で、報復措置として、公正取引委員会だけでなはなくトラック・物流Gメンに通報したことにより取引を打ち切られた、取引量を減らされた場合にも下請法違反になりますので、公正取引委員会によって立入検査から勧告に至る可能性があります。トラック・物流Gメンは努力義務の範囲での勧告や働きかけでしょ?という今までの認識では、取り返しのつかないことになります。下請法適用の錦の御旗にして、トラック・物流Gメンは公正取引委員会とほぼ同じ権限を持った実働部隊と認識しておいたほうがいいです。

7.下請法とは
下請法という法律はどのよう法律なのでしょうか?
下請法は正式名称を下請代金支払遅延等防止法といい、独占禁止法の特別法として1956年(昭和31年)に制定されました。独占禁止法は公正な競争を阻害(カルテル等の防止)と優越的地位の濫用の2つに大別されます。独占禁止法で優越的地位の濫用を取り締まることもできますが、調査や立件に時間がかるため下請事業者がその間に資金ショートしてしまう可能もあります。そこで公正取引委員会の権限で勧告や指導といった迅速な問題解決を図るためにできた法律が下請法です。
日本以外にも同じような法律があるかというと、私の知る限りでは韓国くらいで他の国では下請法と同類の法律は聞いたことがありません。欧米に代表されるように契約社会で発注者と受注者の権利・義務はしっかり契約で取り決めておくという商習慣がある国では下請法のような法律は必要ないからです。日本の商習慣に代表されるように、口頭であらかじめ同意しておいて、問題がおこってから相談する。力関係が取引に持ち込まれて物流取引においては圧倒的に荷主側が強く、物流事業者側が弱い世界です。欧米のように契約で守ることができないため下請法が出来たのは自然な流れです。
下請法が制定されたから長らくは製造業での製造委託取引、修理委託取引に限定されていましたが、2004年(平成16年)に物流委託などの役務提供委託やソフトウエアなどの情報成果物作成委託が加わりました。下請法は本業として行う事業を委託する事業のみですので製造業の荷主企業は、製造委託と修理委託のみが下請法の対象でした。運送委託については、製造業の荷主企業にとって本業ではないため下請法の対象ではありませんでした。今回の改正では、荷主から物流事業者に対しての委託を下請法対象とすることになりました。一方、元請運送事業者が再委託として1次下請の物流事業者に運送を委託する場合は、従来より下請法が適用されていました。このあたりも認識が薄い方もおられますので、今一度、運送委託=下請法適用ということを頭にいれておく必要があります。
8.下請法の資本金区分・従業員区分・対象となる取引
下請法に該当するがどうかは、資本金区分、従業員区分+対象となる取引によって該当か否かが判断されます。ここでは、物流委託・運送委託に対しての資本金区分・従業員区分・対象となる取引についてみていきましょう。
(1)資本金区分・従業員区分
資本金が3億円超の親事者が資本金3億円以下の物流事業者に委託する場合は、下請法の対象になります。また、資本金が1000万円超から3億円以下の場合は、資本金1000万円以下の物流事業者に委託する場合が対象になります。これは、製造業・流通業などの荷主企業でも元請運送事業者でも基準は同じです。これに2026年(令和8年)からの下請法改正で追加されたのが従業員区分です。売上も大きく従業員も多いがあえて資本金を小さくするもしくは減資して資本金を3億円以下にするなど意図的に下請法対象から外れる事業者もいるため今回の従業員区分が追加されました。たとえ、資本金区分が対象外でも下請法の対象になります。
新設された従業員区分は、
①従業員300人以上の荷主企業から従業員100人以上の物流事業者に委託する場合
②従業員100人以上の元請物流事業者から従業員100人以上の物流事業者に委託する場合
が下請法の対象となります。
(2)対象となる取引
物流事業者のようにそのサービスの提供を行う事業者が請け負った役務の提供を他の事業者に再委託する場合で、いわゆる業として物流事業・運送事業を行っている場合に対象となります。元請運送事業者が運送委託を1次下請に再委託する場合が対象になります。
今回の改正で新たに業として運送業務を行っていない荷主企業であっても製造・販売等の目的物の引渡しに必要な運送委託が対象取引に追加されました。あくまでも運送委託が対象になります。倉庫荷役業務については当面、下請法の対象外になります。

9.下請法における罰則
下請法には第2条、第3条、第4条の2、第5条に定められる4つの義務があります、このうち、第3条に定める書面の交付義務、第5条に定める書類の作成及び保存義務に違反した場合には、使用人その他従業者に刑事罰である罰金刑は課されます。また、個人だけではなく違反行為をおこなった事業者(荷主企業等)に対しても同様の刑事罰が科されます。これが2025年(令和7年)に改正された貨物運送事業法の場合は、法律違反ではあるが罰則規定はなく行政処分のみ課されることになります。2026年(令和8年)から施行される物流総合効率化法での荷主の責任については、努力義務であり違反したからといって即法律違反にはなりません。
ここが下請法の恐ろしいところで、行政処分だけではなく刑事罰が科されること、しかも違反した個人と事業者の両方に課されるということです。当然ながら、下請法に違反し刑事罰を科せられたその従業員は、懲戒処分に処せられることになるでしょう。このように下請法を知らなかったが故に、いきなり違反行為をしたとして刑事罰をうける従業員を出さないためにも、荷主企業等の中でしっかりと対応し従業員に対してしっかりと教育をしていくことが大切です。

10.下請法の4つの義務
下請法では4つの義務と11の禁止行為が定められています。従来荷主の物流委託について規制していた物流特殊指定では、4つの義務が定められておりませんでした。4つの義務の中でも1番重要な下請法第3条で定められる書面の交付義務の規定が物流特殊指定ではありませんでしたので、下請法の対象取引となることで追加されたことは注視すべきです。では、4つの義務について説明をしていきましょう。
(1)書面の交付義務(下請法第3条)
荷主企業等(元請運送事業者を含む)は物流事業者に対して運送の委託内容を明確に記載した書面を交付しなければなりません。記載する内容は以下の通りです。
①委託者(荷主企業等)・受託者(下請物流事業者)の名称
②委託日付
③委託した運送役務の内容(詳細を記載)
④配送する日付・時刻、配送場所
⑤委託代金
⑥委託代金の支払期日
などです。
このうち、①、⑤、⑥については契約書にてあらかじめ定めることが可能ですので契約書を締結しておき、日々変動する②③④の物量や配送場所に関する項目のみ発注書面を交付します。
(2)支払期日を定める義務(下請法第2条)
荷主企業等は、代金の支払期日をさだめなければなりません。この場合は、運送が完了した日から記載して60日以内のできるだけ短い期間内で支払期日を定めなければなりません。一般的な企業では、月末締めの翌月末支払いを定めているケースが多いですが、この場合は、運送完了後から60日以内の基準を満たしているので問題ありません。支払期日は、日々変わるものではないので荷主企業等と物流事業者との間で締結する契約書にいれておくと毎回、支払期日を通知する必要がなくなります。
(3)書類の作成・保存義務(下請法第5条)
荷主企業等は、物流事業者に委託した日々の発注書面及び発注に使用した補助書面等を2年間保存しておく必要があります。書類の保存義務と第3条の書面交付義務は、個人及び荷主企業等が刑事罰(罰金刑)の対象となる義務ですので特に注意をしてください。保存する書類はほとんどが第3条で交付した発注書面と同じ内容になりますが、③支払った金額、日付、支払手段⇒通帳等証明できるもの、②変更又はやり直しをさせた場合にはその内容及び理由、③支払金額に変更があった場合には、増減額及び理由、④相殺を行った場合は、その金額、⑤遅延利息を支払った場合は、遅延利息の金額及び支払日など、②から⑤はイレギュラーが発生した際にその書類を保存しておかなければなりません。
(4)遅延利息の支払義務(下請法第4条の2)
下請法第2条では、運送が完了した日から60日以内に代金を支払わなければならないとされています。約束した期日に支払いをするのが当たり前ですが、何らなの事情で払うことができず運送完了日から60日を超過してしまった場合は、遅延利息を支払う必要があります。遅延利息は、公正取引委員会規則で定める率とありますが、現在では年率14.6%となっています。

11.7つの禁止行為
下請法第4条1項に7つ、2項に4つ合計11の禁止行為が定められています。この11の禁止行為のうち物流取引では該当しない項目が3つ、本改正で廃止されるであろう項目が1つありますのでそれらを除いた7つの禁止行為が下請法での義務行為となります。
では対象外となる4つの項目を見ていきましょう。
①受領拒否 物品の購入ではないので受領を拒否する行為は運送委託ではありません。
②返品 物品の購入ではないので返品行為は運送委託ではありません。
③有償支給原材料等の対価の早期決済禁止
物品の購入の際に有償で材料支給する場合にのみ適用されるため運送委託ではありません。
④割引困難な手形の交付
改正下請法で手形取引が禁止されるので、本項目は廃止予定
これ以外で第4条に規定されている7つの項目が荷主企業等の禁止行為になります。
①支払代金の減額
②買いたたき
③不当な給付内容の変更及びやり直し
④代金の支払遅延
⑤購入・利用強制
⑥不当な経済上の利益の提供要請
⑦報復措置
です。
これらについては、次章で事例を交えながら詳しく説明していきます。
12.荷主等が遵守すべき下請法の7つの禁止行為(事例付で解説)

12-1.支払代金の減額
荷主と物流事業者との間で合意をしてきっちりと契約書で取り交わした金額をお支払いするのは当然のことですが、物流事業者は小規模な会社が多く荷主が圧倒的に優越的な立場であることから、荷主が赤字であったり部門の収支が厳しい場合は無言の圧力に押されて荷主の発注担当者が減額をしてしまうのです。下請法の禁止行為の中でも減額が一番多い違反事例となっています。具体的にどのような減額をしているのか事例を紹介していきます。
(1)新単価の遡及適用
<事例①>

荷主と物流事業者との間で合意した新しい単価(値上げ後の単価)は役務を行う日が基準です。4月から値上げにより値上げ後の単価を適用する場合は、いくら3月中に発注を済ませていたとしても4月1日の運送の場合は、値上げ後の単価でお支払いしなければなりません。3月31日に出発して4月1日にお届け完了する運送委託についてどちらを基準日とするかは両社での取り決めによって決定します。一般的には役務を開始した日(この場合は3月31日)を基準日とするのが一般的です。
(2)事務管理料として一方的に減額
<事例②>

荷主の運送費管理システム等の情報システムを使用して物流事業者の請求金額を計算している場合などで、運送事業者が合意していないのに一方的に通告して請求金額から減額して支払うといった行為です。情報システムを使って運賃計算を代行するといった正当な事務管理の場合は、あらかじめ金額を取り決めておき請求金額から減額するのではなく、その事務管理料を請求するのであれば問題ありません。この場合でも運送代金の一律○○%ではなく、十分に見合った月額固定金額での請求を行ってください。
ほとんどの荷主や元請物流事業者でこのような情報システムを持っていますが、自社の予算管理・収支管理を主目的として運用しているため、物流事業者に事務管理費を請求しているところはほとんどありません。
(3)予算が厳しいといって減額
<事例③>

ほとんどの人はこのイラストを見られて、大の大人が何をやっているのか?と思われるかもしれません。荷主の物流担当者も悪いという認識をもっているのですが、月次で決算を行っている場合は単月での収支管理を求められるため稼働日数の少ない2月や8月は赤字に転落してしまうスレスレの収支ラインかもしれません。このような場合に、つい3月で埋め合わせをするから2月の物流費を少し減額して払う、といった行動をとってしまうのです。会社として複数人でチェックができる内部統制のしくみを確立しておかなければこのような問題は解決しません。
(4)消費税10%を払わない
<事例④>

これも常識の範疇の問題ですが、実際に発生している事例です。
特に物流事業者からの値上げ要請を受諾した後に、荷主の物流担当者が少しでも物流費の支払いを少なくしようとして、このような事をしてしまいます。これも複数人でチェックができる内部統制のしくみを確立して防止しなければなりません。
(5)安全対策費として一方的に減額
<事例⑤>

企業の安全対策は年々、重要な課題となっており、自社の工場などの敷地内で事故が発生すると労働基準監督署の対応やその他の対応等で多大な工数が発生します。事前に労働災害を防ぐために安全設備を導入したり警備員を配置したりと安全対策費用は荷主企業にとって大きな課題となっています。特に工場や倉庫の近隣に小学校・中学校があり大型トラックが頻繁に出入りする場合等は、警備員を常駐させなければなりません。この費用は荷主の負担になるのですが、これを一方的に物流事業者に負担させ、請求金額から差し引いて支払うことは減額にあたります。ただし、正当な安全対策費用で掛かる費用の大部分は荷主で負担するが一部の費用を物流事業者で取引金額に応じて相応に負担していただくことを協議の上、合意しておれば問題ありません。協議もせずに一方的に減額をすることが問題であり、合意されている安全対策費は別途、月額固定金額での請求を行ってください。協議の上の合意とありますが、物流事業者が拒否できないような状況で無理やり合意させることは、問題となりますので注意をしてください。
(6)振込手数料を一方的に減額
<事例⑥>

振込手数料を荷主・物流事業者のどちらで負担するかは契約上の取り決めであり、契約書上で物流事業者の負担となっておれば、振込手数料を差し引いて支払っても問題はありません。合意がされていないにもかかわらず、一方的に振込手数料を差し引いて支払うことは減額に当たる行為となります。

12-2.買いたたき
買いたたきとは荷主の優越的な立場を利用し、取引量を減らすなどの言葉をちらつかせて、一方的に値下げを要求する行為のことをいいます。昭和の時代にはこのような行為が横行してあちこちで見られましたが令和の時代になった現代では、ほとんど見られなくなりました。昨今では、物流事業者からの値上げ申し入れに対して、協議に応じずもしくは協議には応じて話し合いの場を持ったが、一方的に従来どおりの運賃・料金の額を据え置いた場合も買いたたきにあたりますので、注意をしてください。
(1)荷主の予算を基準にして買いたたき
<事例⑦>

物流部門への割り当てが、月○○○万円のため今の運送費でお支払いしていると慢性的に物流部門が赤字になってしまうような場合に、物流事業者に対して、当社の予算が決められているからといった物流事業者に関係のない理由で一方的に値上げを要求する行為は、買いたたきにあたりますので注意をしてください。
(2)一律に一定率の値下げを強要する
<事例⑧>

荷主企業も自社の販売商品を顧客から〇%下げるよう要求されている場合に、製造原価を下げるために運送費を一律〇%減額を求める行為は買いたたきにあたります。わざわざ、荷主企業の顧客からの値下げ要求書を物流事業者に見せて、優越的な立場で値下げを迫る行為をしますが、物流事業者にとって関係のない理由です。
(3)物流事業者からの値上げに応じない、応じても一方的に価格を据え置く
<事例⑨>

昨今の買いたたきで一番多い要因がこの行為です。 2016年、17年あたりからトラック不足、ドライバー不足、燃料費高騰を背景に今の価格では経営ができないとして一斉に値上げ要求が荷主に対してなされました。 これを受けて
①物流事業者からの値上げ要請に対して、協議に応じなかった。
②協議には応じたが、値上げを認めす一方的に従来通りの運賃・料金を据え置いた
③一部の物流事業者と協議した値上げ金額をベースに他の物流事業者の値上げを一部分のみ認める決定を一方的に行った。
といった行為については買いたたきの可能性がある、とされています。
(4)条件が変更されても価格変更を認めない
<事例⑩>

午前・午後2回配送することをベースに1日○○○○円で価格を決めていたが、荷主の出荷数量減で午前のみの配送になった場合でドライバーを午後から別の仕事に転用できず、トラックも別の仕事に使えない場合に物流事業者としては収入減となります。 この場合は最低保証金額を設けてその金額まではお支払いするもしくは1日あたりの運賃を改定するなどの対応を協議して決定をしていきます。 話し合いを行わず、一方的に午前のみの配送にしてくれ、という通知のみでは買いたたきとみなされる可能性がある行為となります。
12-3.不当な給付内容の変更及びやり直し

物流事業者に発生する無駄や追加的費用を払わせることを防止するために、物流事業者に責任がないのにキャンセルや配送先の変更、やり直し配送をさせることを行うと、不当な給付内容の変更及びやり直しの行為に該当します。
(1)一方的なキャンセルにもかかわらずキャンセル料を支払わない
<事例⑪>

当日になって配送をキャンセルにも関わらず、キャンセル料を支払わない行為は、不当な給付内容の変更に該当します。物流業界の通例にあてはめると、当日キャンセルは運転手がすでに営業所で点呼を行い出勤体制ができているので、間違いなくキャンセル料を荷主が負担、前日の場合は、事前の取り決めにより負担するかどうかを決定、前々日の場合は一般的にキャンセル料なしとなっていますが、トラックの台数等条件によって異なりますので、事前に荷主と物流事業者間でキャンセルの場合の規定について取り決めをしておくことが望ましいです。
(2)荷主のミスで再配送する場合で料金を支払わない
<事例⑫>

荷主のミスにより間違った商品を配送してしまい、その商品の持ち帰り・再配送を無償で物流事業者にさせた場合は、不当なやり直しに該当します。これらによって発生した費用を荷主が負担して物流事業者へお支払いしなければなりません。
(3)配送先が変更になっても追加料金を支払わない
<事例⑬>

配送の直前になって配送先がお客様の倉庫から工事現場に変更になり、距離が遠くなった場合はドライバーの拘束時間や燃料費が余分に発生しますのでその距離に応じた追加料金を別途、支払わなければなりません。お客様の倉庫の場合は4トン車1台で配達できていたが、工事現場は道が狭く、2トン車2台に分けて配送しなければいけない場合は、2トン車2台と4トン車1台との差額料金をお支払いしなければなりません。

12-4.代金の支払遅延
物流事業者に責任がない場合もしくは請求書への一部記載漏れ等軽微なミスの場合は、定められた期日に代金を支払わないと、代金の支払遅延に該当します。下請法では役務が提供された日から60日以内に支払うとなっています。
(1)荷主の資金繰りを理由に支払遅延
<事例⑭>

荷主がお客様からの入金遅れであっても物流事業者には何も責任がありません。このようなケースでは荷主が短期借入を行ってでも定められた期日にお支払いをしなければなりません。
(2)荷主の事務処理遅れによる支払遅延
<事例⑮>

在宅ワークが浸透するにつれて、荷主企業の部門間での連携ミス等により支払手続き漏れが発生することがあります。これらの場合は、安易に翌月に合算請求扱いにせず、気づいた時点で特別処理等で当月の支払日にお支払いを行うようにしましょう。
(3)物流事業者の軽微な請求遅れによる支払遅延
<事例⑯>

物流事業者が1件、請求書に入れ忘れた、請求書の送付が半日遅れた等の軽微なミスの場合でも荷主企業は特例対応をして
定められた期日にお支払いしなければなりません。安易に翌月分と合算支払することのないように気をつけてください。
この場合、物流事業者のミスの度合いにもよりますが、荷主企業が特別対応しても当月のお支払ができない場合は、代金の支払い遅延とはなりません。

12-5.購入・利用強制
物流事業者が荷主の指定する物や役務を強制的に購入させ又は役務を強制して利用させると購入・利用強制が適用されます。これは物に限らずに荷主の指定する「物」のすべてであり、不動産やゴルフ会員権、株券等も含まれます。子会社や関連会社の商品を購入させることもこの項目に該当します。
(1)荷主の取引先商品の購入強制
<事例⑰>

原材料を販売している関係上、お菓子メーカーからお付き合いで毎月、スナック菓子を購入している。荷主企業の従業員にも販売しているが、それでも余って消費しきれないので物流事業者に買ってもらおう、といった事例です。商品を指定して、購入を強制又は断れない状況で購入させることを行った場合は利用・購入強制に該当します。
(2)再三の要請による役務の利用強制
<事例⑱>

物だけでなく形のない役務の利用強制も本項目にあたります。一度、断ったにも関わらず何度にもわたって再三要請することは強制ととられますので注意が必要です。物流の仕事を円滑に行うために荷主の情報システムを物流事業者に使わせる場合がありますが、この場合は、利用料を無償にするか、必要最低限の利用料を負担してもらってその費用を荷主がお支払いする物流費用に上乗せするかを行います。物流業務の効率化のためであっても、荷主の情報システムの開発費やシステムの維持管理を物流事業者に負担させることは強制にあたりますので注意をしてください。

12-6.不当な経済上の利益の提供要請
ずいぶん前のことですが、大手の家電量販店が家電メーカーからの販売応援員に商品の陳列や清掃等を無償でさせ、優越的地位の濫用として公正取引委員会から排除命令を受けました。このように荷主の優越的な立場を利用して物流事業者に対して契約外の業務を無償で行わせることは、不当な経済上の利益の提供要請に該当します。特に物流事業者の会社を通さずに現場で荷主の担当者からドライバーに直接、○○やっておいてくれる。等のお願いをすることがこれに該当しますので、ついやってしまわないようにけん制できる仕組みを作ることが重要です。
(1)夏祭りの協賛金支払要請
<事例⑲>

毎年7月の第四週に行われてる荷主の物流部門主催の夏祭りで会社からの予算だけでなくもっと盛大に、従業員にも豪華賞品が抽選で当たるようにしたい、という夏祭り企画担当者が優越的な立場を利用して物流事業者に協賛金を強要する場合は本項目に該当します。夏祭り以外にも荷主のA物流部長の定年退職記念品代を強要する等の行為は不当な経済上の利益提供要請にあたりますので注意が必要です。
(2)荷主の倉庫の整理を無償で手伝い要請
<事例⑳>

積込み待ちでトラックの中で居眠りをしているドライバーに対して、待ち時間で何もすることがないからと言って、散らかっている倉庫の中の整理をドライバーに無償でさせることは、不当な経済上の利益提供要請に該当します。この場合、物流事業者の事務所を通さずに荷主の担当者がドライバーに直接指示することで、ドライバーも断れない状況に置かれますので絶対にしないようにしてください。下請法違反になるだけでなく請負の観点からも会社を通さずに担当者に直接指示を出すことは禁止されています。
(3)別会社のトラック積込み手伝い要請
<事例㉑>

工場や倉庫でトラックを横付けして積込み・積卸しを行うスペース(専門用語でトラックバースといいます)は、限られており、1台のトラックが積込みを完了して出発するまで次のトラックがトラックバースに横付けすることができません。1台のトラックがもたもたして積込みが遅れていると、倉庫の外で待っているトラックが入ることができないので荷主の担当者としては、待機しているトラックのドライバーに他社のトラックへの積込みを手伝わして早く出発させようとする事例があります。これも物流事業者の事務所を通さずに荷主の担当者がドライバーに直接指示していること、必要な対価を払わずに無償でさせていることに問題があります。
(4)棄損のない商品まで費用負担要請
<事例㉒>

トラック運転中の事故により外箱3箱が壊れてしまった場合の事例です。中身が精密機械で箱が壊れていなくても中の商品に影響があるかどうかわからないので、物流事業者にトラックに積んでいたすべての箱の商品分を賠償請求するといった事例です。また、壊れやすい精密機械や高額品の配送を委託する場合は、あらかじめ商品の金額をお知らせして、その金額を補償できるだけの損賠賠償保険に入るよう依頼をすることを事前にしておくことが望ましいです。また、運送約款等で損害賠償金額の上限が定められている場合はその金額を超えての賠償請求はできませんので荷主自ら財物保険を付保するなどして、損害の場合に備えておくことが必要です。

12-7.報復措置
値下げ要求をしたのにA社だけ要求をのまなかった、緊急で1車増車を依頼したのにトラックの手配をしてくれずに翌日配送になってしまった等、荷主の担当者からの依頼に対して物流事業者が応じなかったことを根に持って、取引量を減らしたり契約を打ち切ったりする行為を行った場合には報復措置に該当します。また、公正取引委員会や中小企業庁、トラック・物流Gメンは弱者救済のための機関であるので、そこに知らせたことで裏で荷主企業から報復されて取引量を減らされるのであれば誰も通報しなくなり、問題の早期発見ができなくなります。そこでこのように報復措置の規定を設け物流事業者が相談しやすい環境を整えています。
※改正される物流下請法ではトラック・物流Gメンへの通報による報復措置も対象となります。巡回指導の際には、わざわざアンケート用紙が物流事業者に配られ、問題がある荷主名を記入してください。という指導があります。普段の取引には十分注意をしておいてください。
(1)値下げ拒否を理由に報復措置
<事例㉓>

他の会社はすべて4月からの値下げを受諾したのにA社だけ、値下げを認めなかったため荷主の担当者があからさまに嫌がらせをして取引量を減らすといったことを行うと報復措置に該当します。相見積をとってA社が高かったため、岡山県行きの配送をA社からB社に変更する、といった場合は正当な理由がありますので報復措置とは異なります。明らかに事象があってその事象に対して報復をするとこの項目に該当します。ている場合はその金額を超えての賠償請求はできませんので荷主自ら財物保険を付保するなどして、損害の場合に備えておくことが必要です。
(2)公正取引委員会への通報を理由に報復措置
<事例㉔>
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物流事業者がトラック・物流Gメンに通報したらしい、という噂を荷主の担当者が聞いて、取引量を減らしたり物流事業者との取引を打ち切ったりする場合は、報復措置に該当します。トラック・物流Gメン、公正取引委員会や中小企業庁だけでなく、全国中小企業振興機関協会が行っている下請かけこみ寺や国土交通省のトラック輸送適正取引推進相談窓口、トラック協会等も物流事業者の救済窓口になっていますので、それらの機関に相談したらかといった報復措置を行うことは禁止されています。

13.物流特殊指定は廃止されるのか?
荷主の運送委託が下請法適用になった場合に、従来の荷主の物流委託を規制する物流特殊指定が廃止になるのか、引き続き存続するかについては、何も触れられていません。ただ、私の見立てでは物流特殊指定は、引き続き残ると考えています。
その理由は、今回の下請法改正が運送委託に限定されており、倉庫内での荷役業務の委託といった分野が下請法対象になっていないことがあげられます。また、規制の対象となる取引の中に資本金区分とは別に、取引上の地位が優越している荷主から取引上の地位が劣っている物流事業者への委託が対象となっており、取引上の地位の優劣の判断に際しては、荷主と物流事業者との関係ごとに、取引依存度、荷主の市場における地位、取引先変更の可能性等を総合的に考慮するとしひて公正取引委員会に裁量があたえられています。いきなり物流特殊指定を廃止してしまうとこれらを規制できなくなってしまうので、物流特殊指定は引き続き存続することになるでしょう。
ただ、次の下請法改正では、倉庫荷役業務委託を追加するなどの動きが出た際には、廃止される可能性が高いです。

14.物流下請法を遵守し荷主企業等の改革・意識変容が物流インフラを維持する鍵となる
荷主企業が物流下請法を遵守することは、もはや努力義務ではなく、経営リスクに直結する法令遵守項目として真正面から向き合うべき課題です。これまでの物流特殊指定のような形だけの対応では済まされません。今後、下請法違反によって企業名が公表され、信用失墜や株価下落、さらには刑事罰を受ける従業員が出てくるといった深刻な経営インパクトを受ける事態も十分に想定されます。
本記事でご紹介したのは、あくまでも基本的な枠組みに過ぎません。貴社が具体的にどこまで対応できているのか、どこに潜在的リスクがあるのか、それを早期に洗い出して是正できる体制を構築することこそが、今求められている本質的対応です。
また、本気で物流法令遵守に取り組む荷主企業に対しては、外部専門家としてその一助となる支援を行っています。貴社の物流コンプライアンス体制が法令違反の温床になってしまう前に、ぜひ一度、真剣にご検討いただければ幸いです。