①物流情報(貨物運送)

荷主配慮義務・荷主勧告制度(令和元年貨物自動車運送事業法の改正)


最終更新日 2023年11月27日



 運送事業では、トラックドライバーの不足が深刻化しています。物流は社会の重要なインフラであり、私たちの生活や産業活動を支えています。物流機能を滞らせるこおなく社会活動を維持させていくためには、トラックドライバーの長時間労働を是正させるように働き方改革を進めて、コンプライアンスを遵守するような社会にしていかなければなりません。そのためには、荷主や配送先の都合による長時間の待ち時間や、トラックドライバーが労働時間のルールを遵守できないような運送の依頼を発生させないようにしないことが重要です。この問題は、運送事業者単独では、解決することができず、荷主(着荷主や元請事業者を含めた広義の荷主)の理解と協力が不可欠になっています。

【目次】

1.荷主の定義
2.貨物自動車運送事業法の改正
3.貨物自動車運送事業法第63条の2に規定される「荷主の責務」
4.貨物自動車運送事業法第64条に規定される「荷主への勧告」
5.国土交通大臣が荷主への働きかけ
6.今回の法改正における懸念事項
7.まとめ


1.荷主の定義

荷主とは、「その荷物の所有権を有している者」という意味です。BtoBの取引では、製造業や流通業といった業種が運送事業者に対して運送委託を行います。運送事業者から見ると荷主は、運送委託元でお客様にあたります。荷主という表現自体が物流業界で使われる言葉ですので、物流業界以外の方はあまりなじみのない言葉かもしれません。今回、貨物自動車運送事業法では、荷主の定義を製造業や流通業でその荷物の所有権を持っている企業だけでなく、配送先である荷主からみたお客様(着荷主と呼ばれます)や、利用運送事業者のような元請運送事業者も荷主に含まれるとしています。実際の荷主、着荷主、元請運送事業者が無理な依頼を行わないことが最大の責務であり、これら3者に対して適切な働きかけを行うとしています。
 

・目次に戻る


2.貨物自動車運送事業法の改正

令和元年(2019年)7月1日から施行された改正貨物自動車運送事業法では、運送事業者だけで解決できない部分に踏み込んで、持続可能な物流インフラを維持するために「荷主」への対応を求める事項を盛り込んで改正しています。貨物自動車運送事業法は、許認可を受けた運送事業者の遵守事項や義務を定めた法律であり、本来であれば、許認可を受けていない、荷主がこの法律の対象となるのは、他の法律を見てみてもかなり異例のことです。今回の法改正で、荷主まで踏み込んで実施したのは、国土交通省の本気度が垣間見られます。同じ年に国土交通省が肝いりで始めた「ホワイト物流推進運動」でも国、運送事業者、荷主、国民の4者を巻き込んで運動を展開していることから、これができなければ物流が崩壊してしまう、という危機感をもって臨んだ法改正であるということがいえます。
 

・目次に戻る


3.貨物自動車運送事業法第63条の2に規定される「荷主の責務」

荷主の責務として、運送事業者が法令を遵守して事業を遂行できるように必要な配慮をしなければならないとされています。これは、①長時間の待ち時間が恒常的に発生させるような委託、②通常の運行では、間に合わないような無理な到着時間の指定、③積込み直前に積載量を増やすような指示等、を行ってトラックドライバーが法令違反や事故を起こさないように荷主に対して配慮義務を求めた責務規定を新しく追加されました。
 

・目次に戻る


4.貨物自動車運送事業法第64条に規定される「荷主への勧告」

元々、運送事業者やトラックドライバーの違反行為が荷主の指示に基づき行われたことが明らかであるときや荷主の行為に起因するものであると認められる場合に、国土交通大臣が荷主に対して違反行為の再発の防止を図るため適当な措置を執るべきことを勧告することができる規定は平成29年(2017年)から存在していました。今回の改正(令和元年改正)では、勧告の対象を拡充し「貨物軽自動車運送事業者」を追加しました。これは、宅配を代表する軽貨物の需要が年々高まっており、普通貨物自動車から漏れていた軽貨物を追加することによ運送事業者やトラックドライバーのすべてに対して荷主勧告制度が適用されることになりました。また、同条第3項で荷主に対して勧告を行った場合には、その旨を公表することが明記されました。下請法や物流特殊指定では、違反行為を行った事業者に対して公正取引委員会が勧告を行い、ホームページ上の「勧告一覧」で公表されています。
 
ほとんどの人が目を通さない官報や役所の掲示板への掲載の公表と異なり、ホームページは誰でも簡単に目にすることができます。また、数年前の勧告事例まで掲載されているため、公表されることは企業にとって大きなダメージとなります。特に大企業では、マスコミで報道されるケースもありその場合の信用失墜は計り知れないものとなります。
 

・目次に戻る


5.国土交通大臣が荷主への働きかけ

今回の法改正で国土交通大臣は、運送事業者の違反の原因となるおそれのある行為をしている疑いのある荷主に対して、関連省庁と連携して、運送事業者のコンプライアンスを確保するためには、荷主(着荷主や元請運送事業者を含みます)の配慮が必要であることについて理解をもとめる「働きかけ」の活動を行います。悪質な場合で、荷主が法令違反の原因行為をしていることを疑うに足りる相当な理由がある場合には、「要請」、さらに踏み込んで「勧告や公表」を行います。そして運送事業者に対する荷主の行為が独占禁止法上の「優越的地位の濫用」の疑いがある場合には、公正取引委員会に通知して、公正取引委員会による調査や立入検査が行われる可能性があります。
 
また、今回の法改正による国土交通省の見解では、独占禁止法の「優越的地位の濫用」の疑いを明示しています。明示こそされていませんが、「優越的地位の濫用」が適用されなくても、物流特殊指定上の禁止行為である「買いたたき」に該当する場合でも、公正取引委員会に通知されて、詳しい調査が入る可能性がありますので、荷主企業から運送事業者へ委託する場合は、下請法や物流特殊指定、独占禁止法に違反する行為を行っていないかを確認しながら委託をおこなわなければなりません。なお、違反原因行為として代表的な例は、①過労運転防止義務違反を招く恐れがある「待ち時間の恒常的に発生」、②最高速度違反を招くおそれのある「非合理な到着時間の設定」、③過積載運行を招くおそれのある「重量違反となるような依頼」等です。このような形での運送委託は荷主として絶対に行ってはいけません。
 
この国土交通大臣に働きかけについては、令和5年度末(2024年3月)までの時限措置となります。令和6年(2024年)4月には、「物流業界の2024年問題」といわれるトラックドライバーの時間外労働時間の規制猶予が撤廃され、また、厚生労働省から新しい改善基準告示も公示されることから、それにあわせ新しく法改正がされると思われます。 

・目次に戻る


6.今回の法改正における懸念事項

許認可取消権限のある運送事業者には過去から重大事故を起こしたり法令違反を起こした場合には、国土交通省が改善命令や業務停止命令等、厳しい措置をとっていました。今回、このような権限を持たない荷主企業への対応を法令に盛り込んだことは、大きな前進です。しなしながら、第64条第2項で、勧告をする前に国土交通大臣は、荷主の所轄大臣の意見を聴かなければならない。と規定されています。これは、その荷主の業種によって経済産業省や農林水産省等と調整を行った後でないと荷主勧告が発令できないことを意味します。経済活動においては、業種によってそれぞれの省庁が荷主企業を管轄しています。物流を全面に出して、勧告を行うということは、関連省庁や業界団体の長年の商習慣が否定されて事業が立ち行かなくなる可能性もでてきますので、勧告に反対する省庁もでてくるのではないかと懸念しています。法施行から3年が経ちましたが、ホームページ上で荷主企業が公表された事例はまだなく、国土交通省も勧告・公表まで踏み切れていないのではないかと予想しています。
 

・目次に戻る


7.まとめ

荷主企業の勧告・公表にはまだまだ慎重になっている国土交通省ですが、物流事業者が2024年問題を抱え、大きく苦しんでいる中、一部の荷主からは、到底対応できないような運賃やその他条件を要求されています。ほとんどの荷主が物流事業者の現状の課題を認識してWin-Winの関係を築いて長期にわたって取引ができるように努めていますが、やはり一部の荷主が例外的に優越的地位を利用した買いたたき行為や到底無理と思われる要求を行って運送事業者を苦しめています。中小企業庁では、下請法に基づき「下請Gメン」といわれる調査部隊を設置して中小の事業者を訪問して、大企業との取引について生の声を聴いてまわっています。ヒアリングの中で下請法上問題のある行為が発覚した場合には、公正取引委員会にその事例を報告し、公正取引委員会よりその取引先である大企業に対して、調査や立入検査が行われています。国土交通省もこの活動をまねて、運送事業者の生の声を対面で聴いて、問題ある委託行為のあぶり出しを図っていただきたいものです。
 

・目次に戻る
ページのトップに戻る

関連記事

・運送業開業マニュアル
・利用運送開業マニュアル
・運送業コンプライアンスマニュアル(運送業2024年問題対応)
・物流2024年問題の罰則を考察
・物流2024年問題は何の法律(法令)のどこに書いてあるか
・改善基準告示2024

 

 

 

 

 

 
ページのトップに戻る

 

 

 

 

 

 

 
 


Generic selectors
完全一致検索
タイトルから検索
記事本文から検索
 お問い合わせ
contents
カテゴリー

楠本浩一

楠本浩一

1965年8月兵庫県神戸市生まれ。同志社大学卒業。パナソニック㈱及び日本通運との合弁会社であるパナソニック物流㈱(パナソニック52%、日本通運48%の合弁会社、現パナソニックオペレーショナルエクセレンス㈱)で20年以上物流法務を担当し、現場経験を踏んできた実績があります。