
製造業などのいわゆる荷主企業の経営者にとって、物流のイメージは、まさに調達・製造・販売のすべての工程に関連するサプライチェーンの生命線ではないでしょうか。少し大げさかもしれませんが、物流の安定的な提供がなくては、企業活動を持続していくことができなくなるという見方もできます。
こんなに重要なポジションであるにもかかわらず、荷主から運送事業者等への物流委託は、合理化最優先、いかにして物流コスト削減を削減するかに重きがおかれ、商慣行としても一部容認されてきました。
ところが、時代が変わりました。2026年1月に下請法が改正され、荷主の運送委託が新たに追加されるとともに物流委託全般の取引についており厳しくなります。法令違反と見なされ、行政処分にとどまらず法人だけでなく経営者や担当者個人が刑事罰に直結する重大なリスクとなります。 経営者にとってこれまで大丈夫だったのにという考え方は、もはや通用しなくなります。
ここで用いる物流下請法という言葉は便宜上の造語です。実際には現行の「下請代金支払遅延等防止法(下請法)」を基盤とし、2026年1月からは「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」(通称・取引適正化法(取適法))へと改正・強化されます。(以下、物流下請法で統一します)
1.違反しても行政処分だけで終わると思っていませんか

物流下請法に違反しても、どうせ行政処分で済むのではないかと安易に考えてはいないでしょうか。従来の物流関連法令では、罰則のない努力義務や、勧告まで至らず要請や働きかけで終わるケースが大半でした。実際、貨物自動車運送事業法や物流総合効率化法では、最も重い勧告ですら年間数件程度、全体の9割は働きかけで終わっています。そのため指摘されれば直せばよいという意識でのままでいる経営者も少なくないはずです。
しかし物流下請法はまったく異なります。違反が悪質であれば、企業への処分にとどまらず、経営者個人にまで刑事罰(罰金刑)が及ぶのです。つまり、物流下請法の遵守は単なるコンプライアンス対応ではなく、企業のガバナンス体制と経営者自身の責任能力が直接問われる課題なのです。
さらに違反は、信用失墜や取引減少といった目に見えるリスクだけにとどまりません。違反是正のために不要だった教育・書類整備・業務見直しが全社的に発生し、従業員の負担増大や管理コストの膨張を招きます。こうした見えないコストは大企業では数億円規模に達すると言われており、経営にとって甚大な損失となります。
2.まずは公正取引委員会の立入検査がある

物流下請法のリスクは、違反が発覚してから始まるのではありません。まず最初の関門は、公正取引委員会による立入検査です。国土交通省のトラック・物流Gメンの調査とは比較にならないほど厳格であり、公正取引委員会は準司法機関と呼ばれるほどの強力な権限を有しています。公正取引委員会は、企業による違反行為が既に生じている可能性が高いと判断した場合、十分な証拠を収集した上で立入検査を実施します。このため、立入検査に関する連絡があった時点で、違反原因行為の存在が示唆されていることが多いです。
立入検査に入られると、帳簿や契約書の提出を求められ、詳細な取引実態が精査されます。その結果、物流下請法違反が認定されれば、勧告や改善命令に加えて社名公表が行われ、新聞・テレビ・業界誌といったメディアに報道される流れになります。これは単なる行政処分の域を超え、企業のブランド価値や取引先との信用を大きく揺るがす事態に直結します。
だからこそ経営者に求められるのは、立入検査に入られないように日常から徹底した管理体制を敷くこと、そして万一検査を受けても揺るがないガバナンスを整えておくことです。契約書の整備、運賃交渉の適正化、発注条件の文書化といった基本的な遵守を常態化させることが、唯一の防御策となります。
立入検査は物流下請法を軽視する経営者への最大の警告であり、そこから先に待つのは違反認定→社名公表→マスコミ報道→社会的信用の失墜という厳しい現実です。事後対応ではなく、平時からの仕組みづくりこそが経営責任であることを忘れてはなりません。
3.物流子会社が全部やっているから大丈夫は通用しない

うちはすべて物流子会社に任せているから安心だ。資本金や従業員数の要件もクリアしているし、何かあっても問題は子会社の範囲にとどまり、親会社には関係ないそう考えていませんか。
しかし、2026年1月からの物流下請法改正により、この発想は通用しなくなります。改正法では、いわゆるトンネル会社規制が導入され、物流子会社に委託してさらに外部の物流事業者に再委託する場合でも、親会社が実質的な委託者として責任を負う仕組みに変わります。
その結果、物流子会社自体の資本金要件が下請法基準を満たしておりセーフに見えても、親会社の規模を基準に照らし合わせればアウトとなるケースが発生します。つまり、これまで物流子会社にリスクを肩代わりさせていたつもりでも、法改正後は親会社の経営責任として直接問われるのです。
この点を正しく理解していない経営者は少なくありません。しかし誤解したままでは、想定外の立入検査や社名公表に直結する危険があります。物流子会社任せだから大丈夫という考えは改正後には一切通用しないことを強調しておきたいと思います。
4.立入検査に直結する違反行為について

物流下請法違反として特に指摘されやすい事例は、製造業において慣習的に実施されてきた業務プロセス自体に起因する場合が多いです。 これらは一度でも発覚すれば、公正取引委員会の立入検査につながり、最悪の場合は刑事罰や社名公表へと直結します。
(1)契約書の不備
契約書が存在しない、あるいは運賃・支払期日・発注条件などの必須記載事項が欠落している場合は、直ちに違反対象となります。仮に契約書を締結していたとしても、5年以上前の古い契約書をそのまま使っている場合は要注意です。物流下請法では契約書不備が最も重い違反とされ、経営者個人に刑事罰(罰金刑)が及ぶリスクがあります。
(2)運賃の不当な据え置き・コスト転嫁拒否
燃料費や人件費などの経費が上昇しているにもかかわらず、合理的な価格転嫁を拒否し続ける行為は下請法の11の禁止行為の違反に該当します。事実として、東京都の最低賃金は2020年の1,013円から2025年には1,226円へと21%上昇しています。この現実を無視して運賃を据え置けば、物流事業者への下請法の書面調査で貴社の企業名が記入され、立入検査に直行することになります。
(3)発注条件の口頭依頼
電話で済ませる、メールで一行だけといった口頭・簡易依頼は、従来の商慣行として行われがちですが、物流下請法では発注条件の書面交付が義務付けられており、これを怠ると刑事罰の対象となります。些細なことと見過ごしていれば、一瞬で重大な法令違反に転じるのです。
つまり、これらの違反行為は日常業務でいつも当たり前のようにやっていることに見えるかもしれませんが、その一回が立入検査を招き、経営リスクを一気に顕在化させるのです。
5.契約書があるだけでは安心できない

うちは契約書をきちんと取り交わしているから大丈夫だと思っていませんか。確かに契約書は取引の基本的な権利・義務を定めるものであり、物流委託における基盤となります。しかし、契約書だけでは物流下請法の要件を満たしていない場合が多いのです。
物流下請法が求めているのは、日々の具体的な発注内容をその都度、書面で明示することです。たとえば、
- 今日、大阪まで何台の10トン車を手配するのか
- 何時に集荷に来るのか
- 何時に納品が完了するのか
- 運賃はいくらなのか
- 積み込み・積み降ろしの等附帯料金がいくらなのか
こうした事項は通常の契約書には記載されていません。しかし物流下請法では、これらの発注条件を毎回、依頼の都度に書面で交付することが義務付けられているのです。
つまり契約書があるから大丈夫という考え方は通用せず、日常的なオペレーションにおいても法令遵守がきっちりとできる仕組みを整えなければならないのです。
6.当事務所がリスク診断からサポートまで行います

物流下請法の改正は、製造業にとってこれまでの商慣行が通用しない新時代の幕開けです。違反すれば社名公表や取引停止、信用失墜に直結し、経営者個人にも刑事罰が及ぶ可能性があります。
一方で、何が違反にあたるのか、どの部分を改善すればよいのか判断できずにいる企業が多いのも現実です。だからこそ、専門家によるリスク診断と改善サポートが欠かせません。
当事務所では、
- 契約書・発注書類の不備点検
- 適正な価格転嫁の仕組みづくり
- 発注条件の文書化と社内教育
- 違反を未然に防ぐ社内体制の構築
をワンストップで支援します。
代表者の経歴と強み
当事務所の代表・楠本浩一は、パナソニック本社物流部門に所属し、パナソニック物流株式会社に出向して法務を担当した経歴を持ちます。製造業(荷主)の立場と物流会社の立場、その双方の現場を経験しているため、単なる理論ではなく、実態に即した実効性ある提案が可能です。
製造業と物流会社の両面を知る専門家は多くありません。当事務所だからこそ、貴社のリスクを正確に診断し、経営者が安心できる体制づくりを伴走できます。
経営者が今動くかどうかで、ブランドと将来の信用は決定的に変わります。ぜひ当事務所の物流下請法リスク診断をご相談ください。