⑤コラム

【コラム】残業しても収入全体は増えない トラックドライバーの複雑な賃金制度


最終更新日 2024年6月18日



この記事は、朝日新聞2023年5月29日(月)朝刊の記事を元に書いています。
熊本総合運輸事件(最二小 令和5年(2023年)3月10日判決)では、最高裁は1審、2審の判決を破棄し、差し戻しをしています。

同社は2015年からトラックドライバーに対して、賃金総額を決めそこから基本給を引いた金額を割増賃金として支払う制度を導入しました。この割増賃金は時間外手当と調整手当にわけられます。賃金総額が決められた一定の金額のため時間外手当が増えると調整手当が減り、長時間労働をしても賃金総額が変わらない仕組みになっていました。
これに対して、同社のトラックドライバーが時間外手当が十分に支払われていないとして提訴しました。
1審、2審では時間外手当が基本給とは区別され、法律通りの割増率で賃金が支払われているため適法と判断されました。
これに対して最高裁は、時間外手当の調整手当を合わせた割増賃金全体を問題にすべきだとして高裁判決を破棄して差し戻しを命じています。また、旧制度と比較して賃金総額がほとんど変わらない中、基本給を減らして割増賃金を大幅に増やした制度にも問題提起され、労働時間内の賃金の一部を名目だけの割増賃金に置き換えたもので適法ではないと指摘をしています。

運送業界でもここ10年ほど、固定残業代、歩合給といった賃金体系に切り替え、生産性の向上を図る事業者が増えてきています。確かに、事務職の場合は、月20から30時間程度の残業代が生活コストになっている人も多いため、残業代稼ぎのために非効率的な仕事のやり方になっている一面もあります。ドライバーに生産性を求める事業者側の考えも、荷主に運賃を上げてもらえない実情を考えると同意したくなる側面もあります。ただ、企画等を担当している事務系のホワイトカラーと比較して、ドライバーに与えられる裁量というものがほとんどありません。時間外労働が多くなってしまうのは、荷主の都合で、積込み・積み降ろしにいつもより時間がかかった、事故渋滞でいつもより1時間遅延して到着した等、ドライバーではどうすることもできない外部要因によるものがほとんどです。
今回の最高裁判決でも草野耕一裁判長は、残業代を目的に非効率的な時間外労働をすることはありえる。それを防ぐために使用者がそれを防ぐために固定残業制を導入することは経済的合理的な行動だとしています。
固定残業制は想定残業時間を元に割増賃金を決めていくやり方ですが、この想定残業時間の決め方にも難しい問題があります。今回のケースでは、想定残業時間を長く設定し、賃金の総額を以前と同じ金額にすることで基本給を引き下げたことに対して指摘をされています。
今回は、トラックドライバーの賃金税度について争われた事件でしたが、ドライバーに限らずどの労働者にもあり得る話です。産業構造上、利益が出しにくい業界では、特に人件費を抑えたい使用者側と適切な労働時間に対する賃金を求める労働者側の双方の立場を考慮しなければならない難しい問題です。
 

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楠本浩一

楠本浩一

1965年8月兵庫県神戸市生まれ。同志社大学卒業。パナソニック㈱及び日本通運との合弁会社であるパナソニック物流㈱(パナソニック52%、日本通運48%の合弁会社、現パナソニックオペレーショナルエクセレンス㈱)で20年以上物流法務を担当し、現場経験を踏んできた実績があります。